東海道 街道を歩く その2 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 品川→梅屋敷

東海道 街道を歩く その2 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 品川→梅屋敷 街道ウォーク
photo by ゆう
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東海道 その2 品川→梅屋敷

東海道その2は、品川→梅屋敷を歩きます。
距離は13,9Km、所要時間は3:40時間 16,595歩、消費カロリー789kcal

※画像はクリックすると拡大でご覧いただけます。
※スマホでも読みやすいように、改行が多くなっております。PCでは少々見づらくなっていることをご了承願います。

品川宿 日之出

品川→青物横丁

今回は品川宿から。最寄り駅は京浜急行の北品川駅。街道歩きは前回終了地点から歩くルールなので、JR品川駅からスタートとなります。

まずは朝食、品川は以前の勤務場所なので庭みたいなもの。二日酔いの朝、何度も助けて頂いた駅構内にある手延べうどん「水山」さんへ。

出汁がおいしくて疲れた胃にしみわたり、アルコールを緩和してくれるありがたいうどんです。

10:00まで限定の、朝うどんメニューから「かけうどん」にトッピングで揚げ玉を注文。

今日は二日酔いではありませんが、おいしく頂きました。ほっとする味にエネルギーチャージも万全、出発しましょう。

手延べうどん 水山(すいざん)
かけうどん+揚げ玉 500円+50円

高輪口を出て左方向、京急の線路沿いに進みます。向かいは品川プリンスホテル、リニアモーターカーの大きな看板が設置されていました。

名古屋まで最速40分、大阪まで最速67分、信じられないスピードですが、だんだん現実味を帯びてきました。元気で生きているうちに拝みたいもの、予定通り開通するといいですね。

しばらく進むと、右手に「つばめグリル」が見えてきます。アルミホイルに包まれたハンブルグステーキが有名。1930年創業の「特急つばめ」が名前の由来というこのお店、26店舗展開されています。

ここ品川が基幹店。店内は落ち着いた雰囲気で、ゆっくりお食事とお酒が楽しめます。今日は街道歩き、スルーして先を急ぎます。

世界初、品川発のキャッチコピー 
つばめグリル 基幹店

「八ッ山橋の交差点」前方が御殿山方面。高層ビルはトラストタワーと東京マリオットホテルで、奥に緑がいっぱいの都会のオアシス、御殿山庭園があります。

品川宿は交差点を渡り左方向、目の前の踏切は渡らず京急沿いに進みます。すぐに旧東海道の入口となり、ここで京急の踏切を渡ることになります。お間違いのないように。

八ッ山橋交差点
前方の踏切は渡らないで右方向へ

踏切を渡ると旧東海道。すぐ「問答河岸跡」、続いて「土蔵相模跡」の石碑が街道沿いに設置されています。街道沿いのお店は大分減りマンションに変わっていますが、まだ旧道の雰囲気は残っています。

ここで、旧東海道を離れて左方向へ下ります。八ツ山通りにでると、北品川橋。「品川浦船溜まり」が望める品川らしいお勧めビューポイント。

品川浦 船溜まり

この辺りは船宿が何軒もあり、多くの屋形船が係留されています。風流な雰囲気が楽しめる癒しのスポット。おいしい天ぷら屋さんもありますよ。

先へ進むと「利田神社」、「鯨塚」。お参りを済ませて、坂を少し登って旧道に戻ります。

問答河岸跡
土蔵相模跡
利田神社

早速ですが、せんべい処「あきおか」でお土産購入です。明治28年創業のこちらは海苔が巻かれた「品川巻」が人気ですが、お得という言葉に弱い私、手焼きせんべい「東海道品川宿」お徳用パック590円の購入となりました。

8種類の違う味を試せるお得パックです。堅いだけのせんべいが多い中、こちらはパリッとサクッと、その後しっとり感が出てくる味わい深いせんべい、生地が違います。

せんべい処「あきおか」
お徳用パック 8種 590円

醤油、味噌、ザラメ、海苔、いずれも味がしっかりしており、スーパーに売られているそれとは明らかに違います。おすすめ。

右手の奥には本日最初の寺院、浄土宗臨海山「法禅寺」が見えてきました。レンガ塀に囲まれた珍しい寺院、門の横に「品川小学校発祥の地」の石碑があります。

本堂は大きく立派で、板碑、五輪塔、天保の大飢饉でなくなった人たちを祀る「流民叢塚碑」があります。

本堂脇の品川区指定天然記念物の大イチョウが見事。推定樹齢約400年、高さ25メートルとあります。姿が整っていていいですね。

樹齢推定400年 法禅寺のイチョウ
レンガ塀と品川小学校発祥の地碑
法禅寺 本堂
流民叢塚碑

街道に戻り、テレビにもよく登場する趣のある建物の「丸屋履物店」へ行ってみましたが、今日はお休みでした、残念。

お向かいが真言宗「一心寺」で、甲州街道編にも登場した彦根藩主「井伊直弼」の開基。鎮護日本、開国条約、宿場町民の繁栄安泰を願い開山されたとあります。

安政の大獄で、イメージはあまり良くありませんが、国を思う気持ち、幕府を守ろうとする強い責任感があった大名ですね。

東海七福神の寿老人の指定寺院で、江戸三十三観音札所「第三十番」でもあります。因みに一番は浅草の浅草寺、三十三番は目黒の目黒不動です。いつかは廻ってみたいものです。

丸屋履物店
一心寺

「北品川観光案内所」に立ち寄り資料を頂きます。最新の情報は大切、色々教えてくれるスタッフの方のやさしい対応に感謝です。

すぐ先の聖蹟公園が「本陣跡」、明治天皇行幸の際の行在所にもなりました。品川の本陣は初め北と南に一軒ずつあったのですが、江戸中期に北品川のみとなったそうです。

北品川観光案内所
聖蹟公園 本陣跡
ガイドマップなど情報がたくさんあります

ここで一旦旧東海道を離れ、参道を国道15号に向かって歩き「品川神社」をめざします。木々がこんもりと茂った別世界が拡がります。

国道を渡れば狛犬と大きな鳥居が迎えてくれます。左の上の方には富士塚も見えます。階段を登り切った先が品川神社本殿。がんばって登りましょう。

まぶしい朱色、あちこちに散りばめられたゴールドの葵のご紋、本殿はさすが立派です。

品川神社 本殿

源頼朝公、太田道灌公、そして家康公の関ケ原出陣の戦勝祈願、歴史ある神社で6月の例大祭には正面53段の階段を神輿を担いで宮出し宮入りが行われます。

宮司家に相伝として受け継がれている、品川神社太太神楽は東京都無形民俗文化財で神楽殿もあります。

境内には富士塚(品川富士)があり、富士山に登ったのと同じ御利益があるとされています。

なんと山開きの神事もあるそうですよ。御朱印を頂き、富士塚を登って品川を一望し先を急ぎましょう。

品川神社 鳥居と狛犬
品川神社 神楽殿
富士塚山頂からの眺め
御朱印と東京十社絵馬


京急新馬場駅を過ぎて目黒川を左折して川沿いを歩いていくと荏原神社。709年に龍神を勧請し、源氏、徳川、上杉との関係も深く、品川の龍神様として多くの武家の信仰を受けました。

標柱には郷社「荏原神社」とあります。

明治元年に品川貴船社として准勅祭社となっています。歴史ある神社らしく、狛犬も彫刻も素晴らしい作品で見てて飽きません。

旧荏原郡は品川、大田、目黒、世田谷。このエリアで最も由緒ある神社だったことで、ついた社号が荏原神社ということです。目黒川に架かる真っ赤な鎮守橋からの眺めも風情があっていいですね。

鎮守橋越しの荏原神社
荏原神社 本殿

旧街道が目黒川に架かる橋が品川橋、渡ると「脇本陣跡」で現在は城南信用金庫、ここから南品川宿となります。向かい側の「まちなか観光案内所」は旧品川警察署品川橋交通待機所で国登録有形文化財。

日蓮宗の「海徳寺」に立ち寄ります。古い木造建築の本堂、軒下の彫刻に目を奪われます。境内には軍艦千歳殉難者の碑があります。

脇本陣跡
まちなか観光案内所
海徳寺

街道に戻り、街道松の広場へ、こちらにあるのが「浜松宿の街道松」。東海道が取り持つ縁で二十九番目の宿場があった浜松の有賀氏より寄贈された樹齢約百年の黒松だそうです。

問屋場・貫目改所阯、今は製菓実験社さん。趣のある「富田屋工業所」の建物を見ながら進めば、創建室町中期といわれる、時宗寺院の「長徳寺」。南品川の閻魔様として信仰されている閻魔堂もあります。

浜松宿の街道松
富田屋工業所
長徳寺

お隣にあるのが鳳凰山「天妙国寺」。日蓮大聖人の直弟子である天目上人によって1285年に創建され、家康公が一夜の宿とされたことで、徳川家とも深いかかわりがある寺院。

家光公は44回にわたって来遊されたとあります。朱塗りの山門は威厳があります。

天妙国寺 山門
天妙国寺 本堂

青物横丁→梅屋敷

旧東海道は青物横丁商店街の大通を渡って進みます。左手に幕府御用宿、釜屋跡、この宿には新選組副長・土方歳三と副長助勤・井上源三郎が新入隊士や故郷の支援者達、31名で休息した記録が残されています。

そして、右手には大きなおじぞうさんが見えてきました。真言宗醍醐派別格本山「品川寺」(ほんせんじ)です。品川区最古のお寺で806年~810年開創。

山門に鎮座するのが「江戸六地蔵一番」、銅造地蔵菩薩坐像。すでに拝ませて頂いた、二番の甲州街道「太宗寺」、三番の旧中山道「真性寺」に続いて、やっと会うことが出来ました。

江戸六地蔵一番

境内にある、弁天堂、稲荷堂、大梵鐘、神変大菩薩、推定樹齢600年の「大イチョウ」、これらは全て指定文化財。薬師如来の御朱印をいただきます。

推定樹齢600年の「大イチョウ
品川寺 山門
品川寺 本堂
品川寺 御朱印

お隣は品川百景に選定されている曹洞宗の寺院、1251年開基の「海雲寺」。ご本尊は十一面観世音菩薩、鎮守として「千躰三宝大荒神」を祀っており、竈の神様、台所の守護神として多くの人々から信仰されてきました。

堂内には信徒の奉納による扁額が27面懸けられており、火消しが奉納した天井の纏の絵も見ごたえがあります。火と水の神様なんですね。

境内にある「平蔵地蔵」にはこんな由来の説明書きがありました。平蔵は多額の金銭が入った財布を拾い、持ち主を探して返します。

お礼の小判も断りました。平蔵の仲間は、「その金があれば」と腹を立てて小屋から平蔵を追出し凍死させてしまいます。

これを聞いた財布の持ち主が遺体を引き取り、手厚く葬ったのが、この平蔵地蔵ということです。正直者がバカを見る世の中は嫌ですね。

千躰荒神堂
平蔵地蔵
奉納された扁額 雌雄ニ鶏図も
奉納された扁額 纏が並びます

旧東海道をしばらく歩きます。東京の方なら運転免許の更新手続きでお世話になっている鮫洲に到着。

私も免許書き換えで何度も鮫洲駅は降りていますが、駅のそばに神社あることに気が付きませんでした。

「鮫洲八幡神社」は漁師町鮫洲の鎮守様。境内には出世稲荷神社、厳島神社、漁呉玉神社(なごたま)があります。富士浅間大神の碑もあり、池には魚がたくさん泳いでいました。親子の可愛い狛犬もチェック、水神社らしい風景です。

鮫洲八幡神社
池の向こうに本殿

街道は立会川までやってまいりました。すぐ左は勝島運河。なにやら行列が、いい感じのお蕎麦屋さん、「吉田屋」さんです。安政三年創業ですから160年以上東海道で続いている老舗です。

坂本龍馬や山岡鉄舟らもご贔屓だったそうで、並んでも明治維新に活躍した人々と同じ手打ちそばを味わってみたい気持ち、わかります。

どんなお蕎麦なんだろう?龍馬気分で、私も同じそばを食べてみたかった。後ろ髪を引かれる思いで先を急ぎます。

街道から運河の方へ歩いていくと「浜川砲台跡」。ペリーが去った後、戦争になることを想定して鮫洲抱屋敷を持っていた土佐藩が砲台を作ることを幕府に願い出ます。八門配備されたそうです。

結構大きいのでビックリ。鎖国で技術が進展しないまま幕末を迎えたのに、短期間で技術を習得して国内生産が出来るようになるんですから、日本の底力はすごかったんですね。この砲台に坂本龍馬もいたと知って、歴史がより身近に感じられました。

吉田屋
浜川砲台跡

街道に戻ると立会川に架かるのが浜川橋。「泪橋」と呼ばれ、鈴ヶ森の刑場で処刑される罪人と親族とのお別れの橋です。中山道でお参りした八百屋お七もこの橋を渡ったんですね。

街道から駅の方へ向かいます。「立会川龍馬通り繁栄会」の横断幕が掲げられた賑やかな通り。駅のすぐ近く、通り沿いには「坂本龍馬像」。

二十歳の頃の顔を再現しているそうで、履物もブーツではなく草履です。まだ二十歳の龍馬、黒船警固からすべては始まったんです。

道を挟んで「天祖諏訪神社」。天祖神社と諏訪神社が合祀してできたもので古くは神明宮、諏訪社と称し東京湾に面し立会川を挟んで並び祀られていたそうです。

坂本龍馬像
泪橋
立会川龍馬通り繁栄会
天祖諏訪神社

鈴ヶ森刑場跡手前に修験者が厄神大権現を祀った「浜川神社」がありますが、マンションと同化した珍しい神社。そしてすぐお隣が、大経寺、「鈴ヶ森刑場跡」です。

最初の処刑者は由井正雪の乱に加わった丸橋忠弥といわれています。中山道で訪ねた八百屋お七や権八地蔵の権八もこちらで処刑されました。歴史、街道歩きは、このように繋がるところも魅力です。

処刑に使用したといわれる台石や首洗いの井戸などが残されていました。

南無妙法蓮華経の石塔が見事です。供養のお参りを済ませて先を急ぎましょう。このような場所に来ると、何とも言えない悲しい気持ちになりますね。

ここからは国道15号を歩きます、歩道橋で反対側へ渡りましょう。大森海岸駅を過ぎると「磐井神社」。武蔵国の八幡神社の総社、延喜式式内社と呼ばれる古い格式を持つ神社で鎮座1450年。

境内には笠嶋弁財天がありますが、笠嶋とは万葉時代の神社周辺の地名で歌にも出てくる地名。歴史を感じます。

浜川神社
鈴ヶ森刑場跡
南無妙法蓮華経の石塔
磐井神社
国道15号 品川方面 鈴ヶ森より

平和島を過ぎて旧東海道へ入ります、「美原通り」と呼ばれています。美原は品川宿と川崎宿の間の宿で賑わったところ。

「内川橋」に、羽田道碑(するがや通り)があり羽田弁天参詣道の追分になっています。

昔は、するがや橋といわれ「駿河屋」という旅宿があったとの案内がありました。

少しわき道に入りますが、「西南日清戦役碑」に立ち寄ります。ここは、大森区役所跡で現在は大森警察署の敷地、大森村から両戦役に従軍した兵士の記念碑です。当時は大森役場の敷地だったのでこの地に建てられたんですね。

内川橋
西南日清戦役碑

大森駅を過ぎて15号を歩いていくと「貴舩神社」。大森村本宿の鎮守で境内には福満子稲荷神社も祀られています。神社横の「谷戸閻魔地蔵堂」には閻魔大王像と延命地蔵尊が安置されています。

貴舩神社
谷戸閻魔地蔵堂

少し歩けば、今日のゴール梅屋敷駅に到着です。前に来たときは、まだ京急が高架になる前(どれだけ昔だよ?)だったので雰囲気ががらりと変わっていることにビックリ。

商店街が昔ながらの雰囲気で充実しており、暮らしやすそうな街が梅屋敷の印象でした。名前も素敵です。

天候にも恵まれ、由緒ある神社仏閣も多く、歴史が感じられる街道歩きらしいコースでした。

改めて江戸時代の暮らしが豊かだったことも認識できましたし、東京湾がもたらした多くの恩恵も感じられました。漁師町は今でも街並みに落ち着いた雰囲気があり気持ちが穏やかになります。

次回は六郷の渡し、多摩川を超え東京とはお別れして、神奈川に入ります。

↓↓ 東海道 街道歩く その3はこちら

東海道 街道を歩く その3 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 蒲田(梅屋敷)→鶴見
東海道 街道を歩く その3 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 蒲田(梅屋敷)→鶴見
その3は蒲田から川崎宿を経て鶴見まで、15kmの街道ウォーク。梅屋敷跡、六郷神社、六郷橋、川崎大師では久寿餅をお土産に購入し、芭蕉の句碑、鶴見神社と街道歩きは続きます。「東海道かわさき宿交流館」には川崎宿の街並みの様子を再現したり、資料映像も用意されており当時の様子を窺い知ることが出来ます。

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